プロフィール

みぃ

Author:みぃ
夫と娘の3人暮らし

1993年6月 結婚。
1999年2月
 初めての妊娠が5週で流産
2000年3月
 7週で心拍確認後の流産
2001年8月
 3度目の妊娠で娘が誕生
2007年11月
 6年ぶりの妊娠が8週で心拍停止
2008年10月
 小さな胎嚢を確認後の化学流産

2008年6月に名古屋のAクリニックで不育症の検査を受けました。
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手術

稽留流産と診断されてから1週間、昨日ソウハ手術が無事に済みました。

手術までの1週間のうちに出血が始まれば
そのまま大出血で出てしまうこともあるので
あまりに酷い時は救急病院に行くように言われていましたが
ありがたいことに何の症状もなく今日を迎えることができました。

午後からの手術のため、食事もありがたいことに朝食はOK。
軽く食べて、いつもの通り娘を幼稚園に送っていきました。
帰りは恐らく夜になってしまうため、幼稚園のお友達のところに
お迎えも前もってお願いしてあり、そのままお宅で預かってもらい、
夕食も一緒に済ませてくれると言うので
お言葉に甘えさせて頂くことにしてお願いしました。

今回の妊娠のことを話していた数少ない人の1人です。
学生時代の友人かのように一緒に悲しんだり、励ましの言葉をたくさんくれたり
…ということはないけれど、普通に接してくれていて
こういう時に手を差し伸べてくれて本当に助けられます。

心療内科やカウンセリングに通い出すまでは、他人に頼ることが
一切できなかった私なのですが、今では感謝とともに
困っている時は甘えさせて頂いています。素直になりました。
遠回りしたけどここまで来られるように神様がしてくれたのかなと思ったり。

お願いするお宅に娘の荷物をお届けに。
着替えとおやつとちょっとした手土産を。
何も知らない娘はいつもと違うお迎えと、お友達の家で遊べるのが楽しみで
今日が来るのを指折り数えて待っていました。
今朝も「やったー、月曜日がきたー」と言って起きてくるほど。
何も知らない姿にこちらは複雑な気持ちにもなりましたが
喜んでくれるのが何よりだと送り出しました。

午後から病院へ。持ち物は生理用ショーツとナプキン、手術の承諾書のみ。
最初に何か点滴があったような気がしていましたが
手術着に着替えるとすぐに手術室へ。
さっきトイレに行ったばっかりなのにまた行きたくなるほど緊張していました。

台に上がり片腕には血圧計を付け、もう片腕には点滴が入りました。
麻酔をここに入れていくようです。
それから肩に麻酔の効きを良くするという注射を打たれました。
先日話し込んだ看護師さんだったので、また話しながら泣きました。

2度目の流産手術の時もそうだったのですが
それまで元気でいても、台に上がり準備が整ってくると泣けてきます。
今回も1週間前にこの病院で涙してからはもう泣いていなかったのに
やっぱりダメでした。声をあげて泣いてしまいました。

「今日はこの子のためにいっぱい泣いてあげようね」

看護師さんはそう言って涙を拭いてくれました。
悲しい気持ちはもちろん、怖さや不安も徐々に増してきて
今すぐにでも逃げ出したい気持ちでした。
逃げたところでどうしようもないし、お腹にずっと残しておくわけにいかない、
わかっているけど、不安がいっぱい襲ってきました。

先生がやってきてもう1度エコーで最終確認。しっかり見納めました。
そうして麻酔開始。
数を数えているうちに天井がゆらゆらしてきて、数えてる自分の口がおかしくなって…
次に気が付いた時は片付けているような雰囲気とお腹の激痛。

「いたいー、お腹がいたいー、いたいー」

朦朧としながらずっと言っていたように思います。すごく酷い生理痛並みの痛さでした。
途中先生が「終わりましたよ」と声をかけてくれたのもわかっているのですが
反応しきれず「いたいー」と言い続けていました。

前ソウハをした時は先生が来たことも帰ったことも知らない間だったし
ベッドに移されたのも知らない間で、気が付いた時は移動した先の病室のベッドでしたが
今回は麻酔の時間は短かったようで、ベッドへも誘導されて自分でゴロンと移りました。
キャスター付きベッドで部屋を移動しているのまでは覚えていましたが
その先はまた少し眠りました。目が覚めたのは手術開始から1時間半くらい後のことでした。

めちゃくちゃ酷い生理痛並みだったお腹は、ちょっと痛い生理痛くらいになっていました。
普段あまり生理痛のない私なので痛かったし、バファリン飲みたかったくらいです…
点滴も済んでいたのですがまだ夕方の診療時間の前だし、
夫が迎えに来る時間もまだ先だし、しばらくまだボーッとしていたかったので
1時間近く横になったままでいました。
よく考えたらこうやって1人でボーッとすることってなかったです。
平日の昼間は1人と言えば1人なのですが、テレビもあるしパソコンもある。
何もしないでいる…ということはなかなかなかったんですね。
何を考えてたってわけではないですが、ただただ横になっていました。

それから看護師さんを呼んで点滴を外してもらいました。
手術の時とは違う人でしたが、娘が生まれた時に先生がその時勤めていた病院に勤務していて
今回クリニックの新設と共に先生に付いて移ってきたという看護師さんで
前の病院の話や娘が生まれた時のことなんかをいろいろお話して過ごしました。
いろいろ気にかけて話をしてくれて、また救われましたし
2度目の流産の後に「絶対ここで産む!」と決意した気持ちを思い出しました。

迎えの夫も到着し、夕方の診察で先生に2人で会いました。

「お久しぶりー、こんな形で会うのは残念なんですけどねぇ」

先生は夫にもそう声をかけてくれて、同じように説明をしてくれました。
今回はここまで大きくなっているのに何が原因なんだろう…と首をかしげ
胎児の染色体は検査しようと言っていました。
その他に私から、自分達の検査もしてみたいと伝えました。
最近ネットで調べてみた自己免疫異常、同種免疫異常のこと、
今回の手術で給付金が下りるので、保険対象外の検査でも大丈夫なことも。

次の検診は1週間後。
炎症を抑えたり子宮の調子を戻す薬など3日分をもらい病院を後にしました。
時間は18時前。5時間もかかりませんでした。
支払いは10270円。1万5000円ほどと聞いて用意していましたが少なく済みました。

帰り道に夫と2人でおそばを食べて夕飯を済ませてから娘を迎えに行きました。
体調はそれまでと本当に変わりなく、
それまでも何も症状がなかったので実感がありませんでした。

娘はお友達の家で遊んでテンションも高く、すぐ現実に引き戻されました。
本当に妊娠していたことも実は夢だったのかも、と思ってしまうくらい
普通に食べて普通に喋って普通に眠って…そんな普通の暮らしが続いています。

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