プロフィール

みぃ

Author:みぃ
夫と娘の3人暮らし

1993年6月 結婚。
1999年2月
 初めての妊娠が5週で流産
2000年3月
 7週で心拍確認後の流産
2001年8月
 3度目の妊娠で娘が誕生
2007年11月
 6年ぶりの妊娠が8週で心拍停止
2008年10月
 小さな胎嚢を確認後の化学流産

2008年6月に名古屋のAクリニックで不育症の検査を受けました。
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Wedding Anniversary

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左右のズレ

私は体が歪んでいます。
鏡を見ても右肩が下がっていて、腰のくびれは左右で高さが違います。
過去に整体に行っても「左側が下がってる」と言われていました。
右側に問題があると胃腸系、左側に問題があると婦人科系にトラブルがあるとも。
※過去の整体の日記 → 12月7日 1月10日

最近になって気がついたのが、椅子に膝を揃えて腰掛けた時に左右の膝の場所が違うこと。
左の膝が少し前に出ているんです。
椅子に座った時、姿勢を正してみても膝の位置のズレは変わらないんです。
これって姿勢を直したつもりでも、単に背筋を伸ばしてただけみたいで。
腰を少し意識して左側を引いてみると位置は揃います。
左側に体重をかけて座っているというのもあるかもしれません。

これで左の骨盤が下がっているんだなって改めてわかりました。
寝転がって膝を立てた時にも左右の膝の位置が違うのには驚きました。

それでSHINOさんという人の美腰ダイエットという本を買って試しています。
まだ2週間もたっていないので大きな変化!と言えるほどはなくて
椅子に座った時の左右の膝の場所はまだズレていますが、眠る時の体勢が変わりました。

今まではもう右向きじゃないと眠れなくて、眠りにつく時は右向きでした。
仰向けじゃ何となく寝れないんですね。
それが腰回しを始めてからは仰向けで眠りにつくのがわかります。
夜中の爆睡中はどうなってるかわかりませんが(苦笑)、これが今のところの変化です。

腰回しはお湯が沸くのを待ってる間とか、洗濯があと5分で終わる~とか
宅配便がマンションの入り口から玄関先まで上がってくる間とか(オートロックで開錠するので)
微妙にあく合間にちょこちょことやってみています。

ウェストの変化…はよくわかりませんが、腰の後ろ側(背中)がスッキリしてきました。
本来は腰の前側(つまりはお腹です)がスッキリして欲しいのですが
とりあえず気長に続けてみようと思います。

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後悔

私はあまり後悔をしない方です。
と言うと聞こえはいいですが、昔はそれはそれは胃が痛くなるほど考え込んで
考え込んで出した結果でも結局はウジウジ考えたり後悔したり。

結婚してからでしょうか、常に自分自身に正直でいる夫を見てきたからかな。
スポーツの世界で生きてきた人なので
その時を一生懸命やって後悔しない、というタイプなのかもしれません。
そうでもないとそういう世界ではやっていけないのかもしれませんしね。

後悔の少ない私でも、昨年の流産の直前のことを今でも悔やむことがあります。
悔やむことがある、っていうのは、私のその行ないが原因かもしれないからです。

私は妊娠したことを周りに内緒にしていました。
流産を経験したことのある人なら誰しも気持ちはそうなんじゃないかと思いますが
両手ばなしで喜ぶこともできないし、周りに言った後にもしも…なんてことも思いますし。

初めての診察は6週くらい。小さな心拍の点滅も見えました。
もちろん他の人には言えなくて、でもバレーのチームの必要最低限の人だけには伝えました。

それから10日くらいして、子供の幼稚園のお母さんからメールがきました。

「もしかしてつわり~?オメデタ?」

何て表現していいかわからないし、オーバーかもしれないけど
頭をハンマーで殴られたような衝撃でした。

その人が送ってきた理由は、

・最近バレーの練習を休んでいると他の人から聞いた
・マスクをしている(まだ11月くらいでマスクしてる人は少なかったから?)

それだけです。何なんでしょうね…

近しいと言えば近しい人ではありますが、そんなことを質問してきて何の得があるのか。
胸がザワザワして、何て返事をしよう…と何時間も考え込みました。
面倒だからもう話しちゃうか、という気持ちが出てきたりもしました。
でも夫にも相談して、やっぱりまだ内密にしておこうということにしました。

私はその人に必死で嘘のメールを書きました。

今までの妊娠(過去に流産していることはその人も知っています)でもつわりはなかったし
例え妊娠していたとしてもつわりはないと思うなぁ~

って。

マスクは風邪をひいて咳が止まらないのでまわりに悪いからしているだけで、
バレーを休んでいるのは腰が痛いからだと書き添え、
そして「妊娠してたらちゃんと言うって~」という言葉で締めくくりました。
すごく悶々としました。

それから2日後、子供を幼稚園に送って行った時にバッタリ会ってしまいました。
メールで送ってあるのだし、そのことには触れて欲しくなく軽く済まそうと思ったのに
「こないだは変なこと聞いちゃってごめんね~」から始まり、その話題になってしまいました。

メールでなら苦しくても胸がザワザワしても、すぐに返事しなくてもいいから
何とか誤魔化せたし、自分でも何とかやり過ごせたと思ったけど
目の前で直接話されると逃げようもなくて。

だけど私も闘ってしまうんですね。
元々気安く「子供は~?」と聞くことは非常識だと思っているので
そういう人にもハッキリ言ってやりたい、なんて気性が顔を出してしまったんです。

「知ってる通り前にも流産しているし、心拍が止まったこともあるので
他の人みたいに検査薬で陽性が出たくらいで浮かれて話す気にもなれない。
すぐに話せる人は、それはそれで幸せだと思うけど
世の中にはそうじゃない人もいるんだし、妊娠の話は私にとっては
とてもデリケートな問題なので触れて欲しくないから
正直そうやって聞かれるのは愉快な出来事ではないの」

そんな風に言ったと思います。もちろん笑顔で、です。
すごく根性悪いですが、私の目的は相手に「失礼なこと聞いちゃってごめんね」と
言わせることでもあるので、責めたりはしないです。

相手の人は「そうなんだ、知らなくてごめんね」と言いました。
「でも、妊娠しやすいって言ってたし、妊娠も希望してるって前に話してたから」
なんてことも言ってました。

いえいえ、確かに欲しいと思ってから毎回1年以内に妊娠できているので
ありがたいことに妊娠はしやすい方なのかもしれません。
でもね、続かなきゃ意味がないんだよ、生まれなきゃ同じじゃん。
それに妊娠希望してたら、「どう?できた?」なんて聞いていいのか?と。

このことも話しました。
今までの流産の話もしてきて分かってくれてるはずだと思っていましたが
多くの人はこんな感じなのかもしれませんね…

もちろん、私が良く思っていないことも言わなきゃわからないのでちゃんと伝えました。
笑顔だし端から見たらすごく和気藹々とした会話に見えたでしょうが
私の中ではものすごく闘っていたと思います。

その日は2週間ぶりの検診で、その足で病院へ向かいました。
何だか胸がザワザワしていました。
診察で心拍が止まっていることがわかり流産と告げられました。

大きさから見ると、止まったのはここ1~2日の間くらいだとも言われ
私の頭の中には真っ先にその人のことが浮かびました。
あの「もしかして妊娠した~?」というメールをもらったのがちょうど2日前だったから。

そのことは今朝ちゃんと相手を言い負かしてきたから解決した、
そう思ってやってきた検診でしたが、赤ちゃんはもう動いていませんでした。
私が一人勝手に鼻息荒くなっていただけだったみたいです。

私がその後の血液検査で自費なのにNK活性を頼んで加えてもらったのは
こんな経緯もあったからです。
闘おう闘おうとするとNK活性細胞が活発に働くと言われていることは
テレビなどで見て知っていたので。

本当にそれが原因なのかはわかりません。
だけど、「妊娠した~?」というメールで気持ちが高ぶってしまったこと
返事をするまでの数時間の間は本当に心底考え込んでしまったこと
心が乱されたこと、本当に思い出します。

どうしてあの時、あそこまで考え込まずにサラリと流せなかったんだろう。
どうしてあの時、「この際もう話しちゃうか~」と意識を変えなかったんだろう。
どうしてあんなに言い負かそうと闘ってしまったんだろう。
もっともっと軽く穏やかに対応できていれば、大丈夫だったかもしれないのにね。

後悔しています。

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術後

手術から1日たち、体調は普段通りです。
出血は1週間~10日間くらい続くかもしれないけど、という話でしたが
ほとんど出血もありません。この後、またあるのかもしれないので油断はできませんが
前の時も出血はほとんどなく、生理周期もすぐに戻ったので
こういう点では丈夫な方なのかなと思います。

激しい運動は2~3日禁止、お風呂も翌日から湯船に入ってもOKということで
もう少しだけ気をつけながらの生活です。

正直言うと、今の気持ちはバレーの練習がしたい、体動かしたい。ビリーもやりたい。

実はバレーのチームのキャプテンです。
上手なチームと、同年代のママ達で作ったチームを掛け持ちしていて
同年代の中では一応キャプテンなので
今回休むのもかなり目立つし、体調不良なんて言えば「2人目?」となるし
顔出して元気な姿を見せつつ練習は見学…すごく怪しい日々を送っていました。

自分だってもっともっと上手くなりたいのに
他の人にどんどん抜かされてしまう、そんな気持ちもどこかにあったり。
もちろん、今回の妊娠をした時にそれを恨むなんてこともなく
喜んで休んだし、生まれるまで休むことだって全然苦じゃなかったです。
でもいなくなってしまった今、またバレーに打ち込みたい。
戻れる場所や、打ち込めるものがあるというのは幸せなことかもしれないです。

思ったより気持ちの回復も早いのは、良いことなのかもしれませんが
そんな自分を見ていて漠然と心配になることもあります。

このまま私自身が「もういいや」と思ってしまうんじゃないかということ。
子供が1人いるというのも大きな理由になりますし
もう3人暮らしの生活が定着してる。
バレーだってもっともっと続けていけるし、別にこのまんまの生活でもいいじゃん、
…なんて思ってしまうようになるんじゃないかと思ってしまう自分もいます。

もう5歳くらい若かったら、まだ30代前半だったら違っていたかもしれません。
でも私も38歳目前。30代の間にもう1人、と思うとタイムリミットがあります。
あと5年以内…は無理かも。あと2~3年のうちに、と区切りがはっきり見えてしまうと
今までには感じることのなかった焦る気持ちや、
今までにはなかった漠然とした不安が新しく加わってきてしまうようで。

昨日これからの検査についても先生と話をしました。

1人目が普通に生まれてるのに私達の染色体異常という可能性もあるのか?という疑問。
私達の染色体を調べたところで、原因が見つかったとしてもどうしようもないと言われました。
1人目が生まれてるから問題ないかもしれないし、
問題が元々あったとして、1人目はものすごい奇跡で生まれた子だったのかもしれないし。
でもすごい奇跡で生まれるには確率的にどうかな?とも思うのですが
この機会に調べられるものは調べてみたいという意思も伝えました。

もし今後解決法がない(原因がわからないのではなく)のであれば
1人っ子と決めて暮らしていくこともできますし、気持ちの区切りもつけれます。
原因が不明であればまた挑戦することを考えることはできる…かな。どうだろう。

グルグルと揺れます。
どちらにしても年内に生理が復活するかしないかなので
それまでは好きなことをして、おいしいもの食べて過ごしたいです。

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手術

稽留流産と診断されてから1週間、昨日ソウハ手術が無事に済みました。

手術までの1週間のうちに出血が始まれば
そのまま大出血で出てしまうこともあるので
あまりに酷い時は救急病院に行くように言われていましたが
ありがたいことに何の症状もなく今日を迎えることができました。

午後からの手術のため、食事もありがたいことに朝食はOK。
軽く食べて、いつもの通り娘を幼稚園に送っていきました。
帰りは恐らく夜になってしまうため、幼稚園のお友達のところに
お迎えも前もってお願いしてあり、そのままお宅で預かってもらい、
夕食も一緒に済ませてくれると言うので
お言葉に甘えさせて頂くことにしてお願いしました。

今回の妊娠のことを話していた数少ない人の1人です。
学生時代の友人かのように一緒に悲しんだり、励ましの言葉をたくさんくれたり
…ということはないけれど、普通に接してくれていて
こういう時に手を差し伸べてくれて本当に助けられます。

心療内科やカウンセリングに通い出すまでは、他人に頼ることが
一切できなかった私なのですが、今では感謝とともに
困っている時は甘えさせて頂いています。素直になりました。
遠回りしたけどここまで来られるように神様がしてくれたのかなと思ったり。

お願いするお宅に娘の荷物をお届けに。
着替えとおやつとちょっとした手土産を。
何も知らない娘はいつもと違うお迎えと、お友達の家で遊べるのが楽しみで
今日が来るのを指折り数えて待っていました。
今朝も「やったー、月曜日がきたー」と言って起きてくるほど。
何も知らない姿にこちらは複雑な気持ちにもなりましたが
喜んでくれるのが何よりだと送り出しました。

午後から病院へ。持ち物は生理用ショーツとナプキン、手術の承諾書のみ。
最初に何か点滴があったような気がしていましたが
手術着に着替えるとすぐに手術室へ。
さっきトイレに行ったばっかりなのにまた行きたくなるほど緊張していました。

台に上がり片腕には血圧計を付け、もう片腕には点滴が入りました。
麻酔をここに入れていくようです。
それから肩に麻酔の効きを良くするという注射を打たれました。
先日話し込んだ看護師さんだったので、また話しながら泣きました。

2度目の流産手術の時もそうだったのですが
それまで元気でいても、台に上がり準備が整ってくると泣けてきます。
今回も1週間前にこの病院で涙してからはもう泣いていなかったのに
やっぱりダメでした。声をあげて泣いてしまいました。

「今日はこの子のためにいっぱい泣いてあげようね」

看護師さんはそう言って涙を拭いてくれました。
悲しい気持ちはもちろん、怖さや不安も徐々に増してきて
今すぐにでも逃げ出したい気持ちでした。
逃げたところでどうしようもないし、お腹にずっと残しておくわけにいかない、
わかっているけど、不安がいっぱい襲ってきました。

先生がやってきてもう1度エコーで最終確認。しっかり見納めました。
そうして麻酔開始。
数を数えているうちに天井がゆらゆらしてきて、数えてる自分の口がおかしくなって…
次に気が付いた時は片付けているような雰囲気とお腹の激痛。

「いたいー、お腹がいたいー、いたいー」

朦朧としながらずっと言っていたように思います。すごく酷い生理痛並みの痛さでした。
途中先生が「終わりましたよ」と声をかけてくれたのもわかっているのですが
反応しきれず「いたいー」と言い続けていました。

前ソウハをした時は先生が来たことも帰ったことも知らない間だったし
ベッドに移されたのも知らない間で、気が付いた時は移動した先の病室のベッドでしたが
今回は麻酔の時間は短かったようで、ベッドへも誘導されて自分でゴロンと移りました。
キャスター付きベッドで部屋を移動しているのまでは覚えていましたが
その先はまた少し眠りました。目が覚めたのは手術開始から1時間半くらい後のことでした。

めちゃくちゃ酷い生理痛並みだったお腹は、ちょっと痛い生理痛くらいになっていました。
普段あまり生理痛のない私なので痛かったし、バファリン飲みたかったくらいです…
点滴も済んでいたのですがまだ夕方の診療時間の前だし、
夫が迎えに来る時間もまだ先だし、しばらくまだボーッとしていたかったので
1時間近く横になったままでいました。
よく考えたらこうやって1人でボーッとすることってなかったです。
平日の昼間は1人と言えば1人なのですが、テレビもあるしパソコンもある。
何もしないでいる…ということはなかなかなかったんですね。
何を考えてたってわけではないですが、ただただ横になっていました。

それから看護師さんを呼んで点滴を外してもらいました。
手術の時とは違う人でしたが、娘が生まれた時に先生がその時勤めていた病院に勤務していて
今回クリニックの新設と共に先生に付いて移ってきたという看護師さんで
前の病院の話や娘が生まれた時のことなんかをいろいろお話して過ごしました。
いろいろ気にかけて話をしてくれて、また救われましたし
2度目の流産の後に「絶対ここで産む!」と決意した気持ちを思い出しました。

迎えの夫も到着し、夕方の診察で先生に2人で会いました。

「お久しぶりー、こんな形で会うのは残念なんですけどねぇ」

先生は夫にもそう声をかけてくれて、同じように説明をしてくれました。
今回はここまで大きくなっているのに何が原因なんだろう…と首をかしげ
胎児の染色体は検査しようと言っていました。
その他に私から、自分達の検査もしてみたいと伝えました。
最近ネットで調べてみた自己免疫異常、同種免疫異常のこと、
今回の手術で給付金が下りるので、保険対象外の検査でも大丈夫なことも。

次の検診は1週間後。
炎症を抑えたり子宮の調子を戻す薬など3日分をもらい病院を後にしました。
時間は18時前。5時間もかかりませんでした。
支払いは10270円。1万5000円ほどと聞いて用意していましたが少なく済みました。

帰り道に夫と2人でおそばを食べて夕飯を済ませてから娘を迎えに行きました。
体調はそれまでと本当に変わりなく、
それまでも何も症状がなかったので実感がありませんでした。

娘はお友達の家で遊んでテンションも高く、すぐ現実に引き戻されました。
本当に妊娠していたことも実は夢だったのかも、と思ってしまうくらい
普通に食べて普通に喋って普通に眠って…そんな普通の暮らしが続いています。

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そして流産

2007年10月、6年ぶりに妊娠をしました。
基礎体温を付け始めて1周期目、まさかすぐに妊娠するとは思っていなかったので
半信半疑、それでも体的にいつもと違うのですぐにわかりました。
生理周期もほとんど狂いがないので気づくのも早かったと思います。

検査をするのもだいぶ迷いました。
娘を妊娠した時は仕事の休憩中だったこともあり
職場近くのショッピングセンターの薬局で検査薬を購入し、そのままトイレで検査したので
今回も縁起を担ぎたくてショッピングセンターまで出かけました。結果は陽性。
またメールで夫に報告をしました。

さて病院はどうしよう、いつ頃行こうか。
前お世話になった先生の所(すごく近所に不妊専門クリニックを開院していた)へ
行きたかったけど、不妊専門クリニックなので分娩もやっていないし、
自然妊娠の私が行っても…と思い、近い総合病院へ。

本当は前の時のように、行ったらもう9週だった、くらいがよかったのだけど
ママさんバレーをやっている関係や、幼稚園の役員の絡みなんかで
ある程度の近しい人には報告をしなくてはいけないということもあって
検査薬で陽性が出てから1週間してから病院へ問い合わせしてみました。
半信半疑というのもあったし、せめて胎嚢でも確認できればと思って。

しかしその病院は完全予約制だったようで、予約を取るにも2週間待ち。
「検査薬で出てるんですよね?だったら妊娠してますから~」と軽く受付の人に言われ
2週間後の予約を取りました。

2週間後の診察では基礎体温表から6週4日と言われ
成長的にもほぼ狂いなしと言われました。
目をこらせばわかる程度でしたが心拍の点滅も確認できましたし
その病院の先生も何とか心拍が私にも見れるようにしてくれて優しい先生でした。
茶色いオリモノやティッシュで拭くと薄いけど出血もあったし
内診でも出血が確認されるので、切迫流産ということで薬をもらって帰りました。

1週間ほどで出血も消え、体調も多少ムカつき感はあるものの変わらず
近しい人だけには報告も済ませ、娘やその他の人にはまだ言わずに過ごしていました。
夫ともこの件について必要事項だけは話すものの、それ以外は話題にせず。
娘に知らせてないというのもあったからですが、
今思えば、話すことが怖いというよりも縁起担ぎのような感じでした。
気持ちの中では前の時のような「信じまい」というより
まさかもう自分に流産なんて起こらないだろうと思っていました。
どちらかと言うと、万が一に備えて隠すことばかりに神経が行っていたように思います。
喜ぶとだめになる、そんな疑念も拭えなかったからだと思います。

初診から2週間後、予約どおりに検診に出かけました。
半信半疑の気持ちのような、「大丈夫だろう~」という信じる気持ちのような。
内診台の上から見たエコーの画面には、前回より明らかに大きくなっている胎児の姿と
そして心拍がないこともわかりました。何も言われずに外で待つように言われ覚悟しました。

先生から心拍がないことを告げられ、その場で泣きました。いやだ、いやだ、と泣きました。
落ち着いてから話をしましょう、と看護師さんに付き添われて別室で休ませてもらい
泣きながら夫に電話をして帰ってきてもらえるように頼みました。
夫が職場から来るまで1時間、看護師さんに話を聞いてもらい少し落ち着きました。
後で聞きましたが、週数相当には成長しているので
止まったのはここ1~2日でしょう、とのことでした。

夫が到着し、2人で先生の話を聞き、手術の話になりました。
手術の予定が詰まっているので早くても1週間後とのことで予約を入れてもらいました。
入院の説明も聞き手続きもして、気が付けば娘のお迎えの時間。
病院からその足で幼稚園に迎えに行きました。
何も知らない娘は夫もいるので大喜び。私は涙を隠しました。

不思議と病院を出る時には落ち着いていました。
初めての時は本当に暗闇の絶望しかなかったけれど
2度目以降は「次があるのをわかっている」分、少しは強くなれているのかもしれません。
「自分が動かなければ次は来ない」ということもわかっているからかもしれません。
でも、なんで?なんで私がまたなの?という気持ちはグルグルと回っていますが。

流産の事実は受け止めて手術の予約をしたものの、何となくすっきりしていませんでした。
馴染みのない病院だからというのもあるかもしれません。
先生は良さそうな人だけど、何せ会ったのは2回目。
麻酔で寝ている間の手術で体を預けるには自分の気持ちの中で何かすっきりせず。
近くに以前お世話になった信頼のおける先生が開院されてるから、なのかも知れません。

また不育症のことについても、この総合病院の先生は
「1人普通に生まれてますからねぇ」と、検査はしないということでした。
私の中では途中1人生まれているとは言っても、自分にしたら3度目の流産。
それも2回は心拍確認後に止まる。調べてみた方がいいんじゃないかと思ったのです。

出産でお世話になった先生の所に相談に行きたいと思いました。
もしできるなら今度の手術も頼めないかと思いつきました。
入院施設のないクリニックだけど、日帰り手術なら可能だったはず。
夫に相談してみると、彼も賛成。どちらにしても聞いてみようということになりました。

翌日早速クリニックに電話を入れてみました。
受付の人もとても親切で、事情を話すと
しばらく保留された後、先生が電話に出てくれました。

「お久しぶり。大変だったね」

第一声を聞いて、私は泣いてしまいました。
今回の経過を説明して手術をお願いできないかと話してみたところ
「処置的には変わらないけど、あなたの気持ちが済むのならこっちでやろうか?」と言ってもらえ
迷わずお願いすることにしました。
どちらにしても一度診察が必要なので、電話を切った後すぐに病院に向かい受診しました。

先生に会うとまた涙が出てきてしまいました。
私の名前や容姿は覚えていたようですが、過去の詳細までは覚えていないので
今までのことを最初の妊娠から順を追って説明をしました。
1人目から6年間もあいたことも聞かれ、カウンセリングに通ったことも話すと
「仲の良いご夫婦だったし、子供好きな2人だからどうしたのかなと思って」なんて言われました。
夫とは通勤電車で時たま顔を合わせていたこともあって、彼のことも覚えてくれていました。

内診でもう一度確認してもらいましたが、やはり心拍は確認できず。
大きさは8週相当だし、ここ数日の間だったね…とここの先生も言っていました。
確認はできているのだけど、何度も何度も角度を変えていろいろ見てくれようとして
「本当に残念だね…ここまで成長してるのにね、本当に残念だ」と言ってくれていました。
受精することの難しさを知っている先生だからこその言葉だと思いました。

先生との話の中で
「私はNK細胞でも活発なんじゃないかと思って」なんて言うと
「勉強してるねー」というような反応が返ってきました。
以前から思っていましたが、自分の意見を持ってる患者が好きな先生です。
2度目の時は特に検査しなかったので、
今回はとりあえず保険で調べられることはやっておくね、と
本当に話が早くてやっぱり先生に会いに来てよかった、本当にホッとしました。

手術の説明をしてもらう時、看護師さんも同じような経験をされているそうで
2人で涙ぐんでしばらくいろんなことを話し込んでしましました。
こんなところも専門クリニックならではだなと懐かしくなりました。
妊娠したなら育って当たり前、生まれて当たり前という病院は私には合わなかった。

手術をする前から不謹慎かもしれないけど、次の妊娠に向けてもう顔が上がっています。
それは信頼できる先生と再会できたというのも大きいと思います。
検査をすれば何か出るかもしれないし、要因が分かれば対処法が少なからずあるだろうし、
そう望みをつないでいます。
次は先生と共に何とかしたい、何とかなる、そんな気がしています。

近くに先生が開院されたこともすごく偶然だけどラッキーなことだったし
今回こういう結果になってしまったけど、それで先生と再会できたし
お腹の子が導いてくれたんじゃないかと思います。

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